「今までできなかったこと」に挑む。それを続ければ、刺繍の未来は明るい。
―対談―
株式会社笠盛 代表取締役会長 笠原 康利 (右)
タジマ工業株式会社 兒島 成俊 (左)
タジマグループ代表の兒島成俊が、当社にゆかりのある方と対談を行うページです。今回は、刺繍メーカー・株式会社笠盛の笠原康利会長にご登場いただきました。常に新技術への挑戦を続け、刺繍の可能性を追求する笠原会長の言葉にご注目ください。
株式会社笠盛
群馬県桐生市に本社を置く刺繍メーカー。1877年(明治10年)の創業以来培ってきたものづくりのノウハウと最先端の技術を融合させ、刺繍の新しい可能性を追求している。2010年に立ち上げた刺繍アクセサリーのブランド「000(トリプル・オゥ)」は、国内外で注目を集めている。
1億2000万人ではなく、80億人を目指す
――まず、刺繍の魅力や可能性について、お二人が考えられていることを教えてください。
兒島
私はそもそも、刺繍そのものに人の心を豊かにする不思議な力があると思っています。
そうした価値のあるものに関わる事業をすることに、やりがいを感じています。
笠原
確かに、刺繍がついている製品とついていない製品では、華やかさが全然違いますよね。
それを服や生地以外のものにも広げていったら、新しい市場を作れるのではないでしょうか。たとえば、襖(ふすま)に刺繍ができたら、一点ものの豪華な襖を作ることができる。あるいは食べ物に刺繍をするとか、面白いことがいろいろ考えられると思います。
今ある技術でできることをしていても、それは誰でもできることです。それを一歩、ちょっと超える。そのチャレンジをしていけば、刺繍の未来は明るいと思います。
兒島
ありがとうございます。私もそう思います。
笠原
もちろん失敗は絶対にある。
でも、失敗を乗り越えるから次の成功が見えてきます。その最初の一歩を、速く動き出さないといけないと思います。
うちの会社はいつもそうでした。まず言ってしまう。やってしまう。
兒島
今までの刺繍、特に工業用の刺繍では考えられないもの――たとえば立体刺繍で球体を作るなど、御社は本当に常識を破るチャレンジをして、事業としても成立されていますよね。(株式会社笠盛では、2010年から刺繍アクセサリーのブランド「000(トリプル・オゥ)」を展開)
笠原
そうですね。
それを作った時の話をしますと、うちは以前インドネシアに拠点を持っていて、2005年に撤退しました。
その時に思ったのは、これからは海外で製品を作って日本に入れるのではなく、「日本でものづくりをして海外をめざそう」ということです。それで海外の展示会に出ていきました。
でも、海外の展示会に出ると言っても、展示する製品はなかったんです。「パリの展示会に出るんだ!」と言って申し込んだものの、出すものがない。だから、それから本当に必死で作りました。
展示会に出発する日、桐生から成田空港に向かうバスが朝の4時に出るんですが、直前の2時か3時まで作っていましたから。
兒島
へー! その時間まで作っていたんですか?
笠原
そうです。
そういうことをひたすらやって、何年も続けたら4年目にビッグブランドから打診を受けたんです。なぜ声をかけてくれたのかを聞いたら、「最初の年から3年間見ていて、これだけ続けているのだから安心だと思った」と。
ヨーロッパの企業というのは、そうしてチャレンジする姿を見ているんですね。
兒島
なるほど。
海外の展示会には何年間出されたんですか?
笠原
パリが6年、その後ニューヨーク2年行って、その後にフランクフルトに5年です。
兒島
撤退することは頭をよぎらなかったですか?
笠原
それは思わなかったですね。
やっぱり、国内の市場がどんどん縮小しているじゃないですか。だから日本の1億2000万人を目指すのではなく、世界の80億人を目指すということですね。
兒島
それだけリスクを取って海外に行けたのは、技術力に自信があったからでしょうか。
笠原
技術力には自信がありました。
ただ、海外の展示会はお金がかかるじゃないですか。ずっと投資を続けるのは大変でしたね。
でもそれを続けた結果、「海外でずっと続けている」という実績ができて国内でも認められたところはありました。
「刺繍の価値」を高めていくために
――現在の刺繍業界にどのような課題があると思いますか? また、それに対してどんな取り組みをされていますか?
笠原
当社はずっとアパレル向けの刺繍をメインでやってきて、一番楽しいと感じるのもアパレルの仕事です。変わったデザインに対応し、刺繍で実現していく。その研究がすごく楽しいのですが、10年後に同じ形で食べていくのは無理だろうと思います。やっぱり変わっていかなきゃいけない。
でも、ただ「変われ」と言ってもできないし、従業員一人ひとりの力がつかないと思うので、「笠盛人の日」という名前の勉強会を全員でやっています。今の技術の延長戦上でものを考えるだけでは人を感動させられないし、お客様の支持を得ることもできない。だから、ちゃんと人材育成からやっていくことにしました。
兒島
おっしゃる通りですね。
たぶん刺繍業界だけでなく、どの中小企業にも言えることだと思います。
たとえば、加工業をしている企業が自社で完成品を作ろうとする。そのためには文化から変える必要があるわけですね。
でも現状、多くの企業がそういうマインドにはなっていない。
だから一人ひとりがいろんなものを見て考え、それをものづくりに落とし込む必要があると思います。
笠原
そうそう。
兒島
メーカーの立場で言うと、昔に比べて刺繍自体の単価が下がってきているとよく言われます。刺繍というのは本来、人の心を豊かにする価値があるものだけど、いま現実に刺繍の価格が下がっているのは、大きな課題だと思っています。
当社もお客様としっかり話をして、将来必要となるものをヒアリングして開発に結びつけていくことをやっていきたいと思います。
笠原
確かに単価が下がってきています。
アパレルの市場規模がここ30年で半分くらいになっている一方、製品の数は倍くらいに増えています。ということは一点一点が安いわけだから、普通の価格の商品にはなかなか刺繍をつけられないんですよ。
我々は、刺繍をつけられるようなハイブランドに働きかけるしかない。そこが一番大事なところだと思います。
兒島
アパレルのトップブランド向けに提案していくことは重要ですね。
それと並行して当社では、アーティストの方とコラボして、「現代アートを刺繍で作る」ということを行っています。アーティストの方のクリエイティビティと、タジマの技術を掛け合わせて、人の心を魅了するようなアートを作り、刺繍の価値を上げていきたいと思っています。
笠原
タジマさんの方でリーダーシップを取っていただき、「もっとこういうことができないか」「こういう市場を作ろう」と、みんなでアイデアを出していけば、新しい市場ができてくると思います。
兒島
そういう意味で言うと、当社で今、刺繍のパーソナライゼーション需要に応える「DG.NET」というサービスを提供しています。
刺繍の価格が下がっている中で、笠原会長のように最終製品を作って勝負していくのも一つの方法ですが、ハードルが高いと感じる方もいると思います。
そういう方はぜひパーソナライズを試していただければ、成功しやすいと思います。
笠原
展示会で「DG.NET」を見せていただいて、すごいものだと思いました。
時代の流れとして、パーソナライズの市場が広がるのは間違いないですね。
それと、バイオーダー。オーダーをもらってから製品を作るので、製品の在庫を持つ必要がなくなります。その方向に市場が向かっていくと思います。
日本の強みを活かしながら、変わり続ける
――「メイドインジャパン」へのこだわりを教えてください。日本製だからこそ提供できる価値とはどのようなものですか?
笠原
正直言って、海外の技術も相当上がっているんですよ。だから、「メイドインジャパンだから良い」ということはないですよね。
そこで終わるのではなく、もう一歩のこだわりがないとだめだと思います。
「こういうところまで気を遣ってくれているんだ」と思ってもらえるような、ちょっとした心遣い。それがメイドインジャパンの心だと思います。
兒島
笠原会長が言われた通り、メイドインジャパンの強みというのはかなり薄れてきていると思います。
日本に本社を置き、日本に育てられたタジマグループとして考えているのは、メイドインジャパンの強みを強化していくことです。
日本人は平均的に勤勉で、能力が高い人が多いです。だからものを作ることは得意でしたが、今はニーズが多様化していて、変化のスピードも速いので、「同じものをきれいに作るのが得意」という国民性が足かせになっているんじゃないかと思います。
これからは、勤勉さという強みを活かしつつ、変化を続けてお客様のニーズを商品に反映していく。変わり続けられるものづくりの企業を作ることが、すごく重要だと思います。
笠原
人材育成の視点で言うと、ものを見る機会を作ることが大事ですね。
他の工場を見せていただき、他の会社の方に自社の工場を見ていただく。そうして現状を認識しないと、自分たちが今やっていることを「これが正しいんだ」と思い込んでしまいます。
「笠盛人の日」をやった時に一番伸びたと感じるのは、勉強会のプログラムを作る社員です。教える側にまわることで今までとは違う視点を持てるんですね。そうして伸びている人たちが「このままで本当にいいんだろうか」と危機感を持つと思います。
兒島
そうですね。
当社も、一人ひとりの前向きかつ自律的な取り組みがすごく大事だと考えています。「お客様のために、会社としてこれをやるべきだ」と全社視点で考え、その上で「じゃあ自分の部署はこれをやろう」と高い視座を持ってほしいと思います。
でも、受け身で働いている人は、なかなかその視点を持てないと思うんです。
今、タジマグループで大事にしているのは、一人ひとりが人生の目的を持って、誰のために、何のために生きているか、何のためにタジマグループで働くのかを考えることです。
「自分はこれを実現するためにタジマグループで働く」と意図して選択できる人は、必ず自律型で前向きな人材になると思います。そして、そういう人が変化できる組織を作ると思います。
――では最後に、笠原会長からタジマグループに期待されることをお聞かせいただければと思います。
笠原
繰り返しにはなりますが、「刺繍でこんなことができたらいいな」と思うようなことを実現していただきたいということですね。
刺繍業界がどんどん小さくなるのではなく、これから市場が広がっていくんだと。そうなっていくために、今まで絶対にできなかったことをタジマさんに考えていただきたいと思います。
「柔らかいものに刺繍ができる」とか「下糸がなくても縫える」とか、何か面白いものが絶対にできると思うんです。それを考えていただけるように、ぜひよろしくお願いします。
兒島
ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。
タジマグループの歴史は、今までできなかったことを機械化によって実現し、お客様に必要としていただきながら成長してきた歴史です。今までできなかったことをどんどんやっていきたいと思います。
株式会社笠盛|刺繍で、人々の日常を豊かにする。株式会社笠盛の新ブランド開発ストーリー。
株式会社笠盛が 2010 年に立ち上げたのが、アクサセリーブランド「トリプル・オゥ(000)」です。その特長は、金属を使わず糸だけでアクサセリーつくり上げていること。糸を球状に重ねた「糸玉」や刺繍によ…