現代アート作家とのコラボレーションによって刺繍の価値を再評価する、「&T(アンドティー)」という挑戦。

―対談―
現代日本画家 大竹 寛子
タジマ工業株式会社 代表取締役社長 兒島 成俊
タジマ工業株式会社 執行役員 徳田 哲男

タジマグループは、伝統的な刺繍の価値を再評価し、新しい表現方法を追求する「&T(アンドティー)」というプロジェクトを行っています。現代アート作家とのコラボレーションによって刺繍作品を作り上げるこの取り組みは、現代日本画家・大竹寛子さんの作品から着想を得て始まりました。
タジマグループ代表の兒島成俊と、タジマ工業の縫いのプロフェッショナル徳田 哲男が大竹さんを迎え、現在進めている作品制作や今後の可能性について話しました。

大竹 寛子さん

2011年 東京藝術大学大学院美術研究科美術専攻修了
2014年 東京藝術大学エメラルド賞受賞
2015~2016年 文化庁新進芸術家海外派遣制度(アメリカ・ニューヨーク)
2019年 ローマ教皇来日に伴い、バチカン市国に作品「Psyche」を寄贈
長年研鑽を積んだ日本画の伝統的な技法を基に、箔や岩絵具を用いて新たな表現を展開し、国内外で広くアート活動を行っている。
https://www.hiroko-otake.com/ja/

単色が混ざり合って、新たな表情が生まれる

――まず、兒島代表に「&T」の目的や背景をお聞きしたいと思います。

兒島

私たちは元々、「刺繍の価値をもっと上げられないか」という思いを持っていて、そのための企画として「&T」を始めました。刺繍って昔はもっと価値が認められていたと思うのですが、今は一般的になりすぎて、刺繍のありがたみが伝わらないことがあります。それは我々のビジネスに直接影響しますし、気持ちとしても何か悔しさがあって、改めて刺繍の良さを皆さんに知っていただきたいと思いました。
また、当社はメーカ-なので商品開発していくことがすごく大事です。商品開発の課題を見つける際に、新しいことにチャレンジすることで表現のヒントが見つかることがあります。その期待もあり、「&T」というプロジェクトをスタートすることになりました。

 

――大竹さんが最初に「&T」の目的を聞かれた時は、どんなことを感じましたか?

大竹

刺繍は元々歴史的にも高貴な人たちが扱ってきたもので、「高級なもの」「贅沢なもの」というイメージがそもそもあると思います。その背景をふまえて、(刺繍の価値向上のために)このプロジェクトに関わってみたいと思いました。

私が普段取り組んでいるのが日本画というジャンルなのですが、日本画で使う岩絵具は、岩の粒子が一つひとつ混ざり合いながら色を形成します。その割合を見ながら色をつくることが大事なのですが、刺繍もすごく似ているところがあります。糸が一本一本単色で、それが混ざり合う時に糸の色や太さ、質感の違いによってさまざまな表情が生まれます。
自分が今までやってきたことと似ている部分があって、本当に面白いです。

兒島

そう言っていただけるとうれしいです。私たちも、最初に大竹さんの作品を拝見した時、大竹さんが描かれているものを刺繍で表現させてもらえたらすごく良いものができると感じました。

大竹

アート作品がプロダクトとして別の形になることで、より多くの方に知っていただけるきっかけになると思います。また、私にとっては企業とコラボすることによってアート業界以外のルールを知れたり、新しい世界を知れたりするので、社会勉強としての面白さも感じます。

兒島

刺繍業界に直接関わる機会は少なかったとのことでしたが、タジマを知っていただいてどのように感じられましたか?

大竹

タジマさんは、技術力がすばらしいと感じました。その技術をどう使っていくか、ということでいろいろな試行錯誤をされていると思うので、その部分で私にできることがあればいいなと思います。

 

――実際に、大竹さんとのコラボが始まったきっかけを教えてください。

徳田

最初に私たちが大竹さんの個展を見させていただき、「難しそうだけど、この作品を刺繍にできたら面白そうだな」と思ったのがきっかけです。私は、大竹さんの作品の中でも特に3つの柄を刺繍で表現してみたいと思いました。
あくまで自分の気持ちの中でそう思っていたのですが、そのうちの2つを大竹さんから実際に刺繍化の提案をいただいたんです。本当にうれしく思いました。

大竹

ちょうど一致しましたね。

 

素材にこだわり、海洋ごみの漁網を使った糸を使用

 

――制作にあたって、大竹さんの方から何か要望を出されましたか?

大竹

最初に、「使用する糸が選べるなら、海洋ごみの漁網を使った糸を使いたい」という提案をしました。私は素材がすごく大切だと思っていて、環境に配慮した糸で布を作っている会社があったので紹介させていただきました。その糸を作っている会社とタジマさんがコラボして、刺繍糸を開発されたんですよね。

徳田

そうです。糸を触った時、「やれないことはないな」と思いました。糸の撚りを手がける会社が石川県にあり、そこに行って糸の撚り回数を指定して、実際に縫える糸をつくりました。

大竹

そういう風に、「こういうことができたらいいな」と思うことが一つ一つ実現されていったんです。

徳田

もちろん実現する上では難しさもあって、刺繍機も改良する必要がありました。
今回使用した漁網由来の生地・刺繍糸はナイロンでできています。ナイロンの糸は伸び縮みしやすいことから、刺繍時に糸が締まらずルーピングが頻繁に起きてしまいました。そこで過去の経験から生地を針板から浮かせて縫えばルーピングが起こりづらいと考え、専用の枠を自作しました。結果として、ルーピングを発生させず綺麗に縫うことが出来るようになりました。

 

 

――徳田さんが難しさを感じたのはどのような点ですか?

徳田

一本一本の糸を並べて刺繍するのですが、一つひとつの蝶を表現する際に糸の方向を確立するのにすごく時間がかかりました。
次に、色を選ぶのも大変で、たとえば白でもハイライトのような白もあれば、生成りもあれば、ベージュに近い白もあります。白だけでもいろんな色を試しました。

 

――試作品はどれくらいの数をつくられたのでしょうか。

徳田

相当な数になりますよ。まず、最初の色出しに何日かかったか・・・・・・。たとえば原図のブルーを表現するために、「この色かな?」と思って糸を購入するのですが、その糸自体はまず原図の色と一致しないんです。だから、その色より濃い色と薄い色、合計3色を買います。で、どの糸が原図に合うかを確かめるのですが、それは実際に縫ってみなければ判断できません。

 

――色の判断は完全に人の目で行うのですか?

徳田

人の目で行います。縫ったものを自分たちの目で見て判断して、調整します。それでいったん作品に使う13色の色出しをしたのですが、大竹さんから「色のトーンを落としたい」というお話があり、そのうちの4色のトーンを落としました。そういうやり取りをしながら、大竹さんの納得いくまで色を合わせました。

大竹

一度縫ってみたら、色と色を合わせた時のトーンが強すぎると感じて、一段階トーンを落としました。
そういったやり取りを何度かしました。

兒島

大竹さんも当社も妥協せずに調整を繰り返したことで、この素晴らしい作品が出来上がったのだと思います。

大竹

細かいところまで気を遣っていただいて、クオリティの高さに驚きました。本当に期待以上でした。

徳田

大竹さんのご指摘は「なるほど!」と思うことばかりなので、すぐ改善のアクションに繋げました。
たくさんの気づきを頂けてとても有難かったです。

 

――大竹さんご自身は刺繍で作品をつくることが初めてだったのですか?

大竹

初めてです。実際にやってみたら、刺繍によってできることがすごく多くて。
びっくりするぐらいデータに忠実に縫っていただけるので、むしろ「何でもできるんだ」と思いました。逆にクオリティが高すぎてプロダクトのようになりすぎてしまうのではないか、という懸念も途中から生まれました。そのバランスが難しいですね。

 

刺繍のあたたかみや質感を感じられる作品に

兒島

今回刺繍という表現方法を使うことで、普段の大竹さんの作品とは違った魅力を発信できる機会だと考えています。
その上で、逆に当社から大竹さんに提案したこともありましたね。

大竹

はい。徳田さんのアイデアで、「糸の縫い目を見えるようにした方がいいんじゃないか」というご提案をいただきました。
そうすることで糸の質感が極立ち、「糸らしさ」や「刺繍らしさ」が感じられるようになりました。
立体感も出て、刺繍の質感が表現でき、良かったと思います。

 

―――実際に出来上がった作品を見て、大竹さんはどう感じられますか?

大竹

ひとことで言うと、素敵だなと思いますね。自分の作品が他の技術を通して形になったことで、「こういう見え方になるんだ」という新しい発見がありました。刺繍の持つあたたかみや重厚感が出せたと思います。
リアルな蝶や花を表現するというより、私の絵を取り込むことによって少し抽象化された蝶や花の刺繍になりました。一度作品になったものを刺繍データ化するという、ちょっと特殊なやり方をすることで、面白い表情が出てくると思いました。

 

――10月のアートイベントにて、「シグニチャーモデル」も発表されたとか。どのような作品なのでしょうか。

大竹

触ることができる作品にしました。
インスタレーションとして、布を何枚か重ねて、その中をさまよいながら一つひとつの絵を見るという、体験型の作品です。
以前、タジマさんの工場に行った時に、刺繍に触るとLEDが点灯するという最先端の技術を知ってびっくりしました。その技術を取り入れて、蝶を触った時にその蝶が光るようにするなど、さまざまな試行錯誤をしました。手で触れることで刺繍のあたたかみや質感を感じ、さまざまな感情や思考を喚起する作品になりました。

 

――兒島代表は、今回の作品や「&T」の取り組みがどんな人に届いてほしいと思いますか?

兒島

まずは大竹さんのファンの方やアート好きな方に届いてほしいと思います。刺繍でつくった作品をアート好きな方に認めていただくことが、我々の励みになります。私も実際に出来上がった作品を見るまでは「どういうものになるんだろう」という不安があったのですが、皆さんのおかげで本当に良いものができました。アートとして十分認めていただけるものができたと思います。
刺繍と現代アートの融合によって、新しい創造の可能性を広げていけるという自信が深まりました。

また、この作品を通じて、刺繍の持つ繊細さや美しさを再発見し、その価値を改めて見直していただければと願っています。刺繍と現代アートの融合によって、新しい創造の可能性を広げると同時に、刺繍の本来の魅力を再認識していただけたら嬉しいです。